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夜と霧 新版¥1,575池田 香代子 / みすず書房 0![]() |

生きるを自らに問う
あらかじめお断りしておきますが、私は旧版を読んでいません。
ですので比較はできません。
強制収容所については多くの著書や映画がある。
しかし、この著作はそれらとは視点がことなるものである。
心理学者という目でみた人間への最大の問いかけとそして生きる姿がここに記されている。
人間の生きることに心理がどのように影響しているのか、極限で生きる人の心はどのような状態に陥るのか。
しかし、決して心理学をうったえて問うているものではない。
およそ、強制収容所での生活など微塵も想像できない、人間にも人間の心とは何かを著者はうったえている。
人間が人間である限りに著者が私たちにうったえるものは普遍的である。
一度、手にとって読んでいただきたい。
戦争や惨事を扱ったものを悲しすぎて読めない、という気持ちはわかる。しかし読んでみてはじめてわかることもある。彼らがうったえることをなかったことにしてしまうことは非情なことでもある。
自らのこれからの生き方を誰でもなく、自らに問うて必死に生きていきたい。
ですので比較はできません。
強制収容所については多くの著書や映画がある。
しかし、この著作はそれらとは視点がことなるものである。
心理学者という目でみた人間への最大の問いかけとそして生きる姿がここに記されている。
人間の生きることに心理がどのように影響しているのか、極限で生きる人の心はどのような状態に陥るのか。
しかし、決して心理学をうったえて問うているものではない。
およそ、強制収容所での生活など微塵も想像できない、人間にも人間の心とは何かを著者はうったえている。
人間が人間である限りに著者が私たちにうったえるものは普遍的である。
一度、手にとって読んでいただきたい。
戦争や惨事を扱ったものを悲しすぎて読めない、という気持ちはわかる。しかし読んでみてはじめてわかることもある。彼らがうったえることをなかったことにしてしまうことは非情なことでもある。
自らのこれからの生き方を誰でもなく、自らに問うて必死に生きていきたい。
2008-10-06
生きる意味は自分で見つける
医師国家試験に合格した親友にお祝いを贈ったところ、返礼としてもらった大切な本。
極限状態でも人生の意味を見出すことはできる。翻って現代の日本を見てみると、自分自身の人生の意味を見いだせずに自分や他人の生命を奪う若者が多いことに気づく。
本書の内容や著者フランクルをはじめとした実存主義思想は今の日本にこそ有用ではないだろうか。
極限状態でも人生の意味を見出すことはできる。翻って現代の日本を見てみると、自分自身の人生の意味を見いだせずに自分や他人の生命を奪う若者が多いことに気づく。
本書の内容や著者フランクルをはじめとした実存主義思想は今の日本にこそ有用ではないだろうか。
2008-08-30
自分の人生を変えた1冊
ナチスの強制収容所に収容されたユダヤ人精神科医である著者が強制収容所内における人々の心理や行動について医学の見地から考察し、「生きる」ということの本質をシンプルな言葉で語りかけてくれる名作。
本書の中にでてくる「生きる意味とは外に求めるものではなくて、生きる意味が逆にこちらに生きる意味を問いかけてくる、そして我々はその生きる意味に答えを提示しなければいけない。それも具体的な行動によって。」という部分は生きがいを外部に求め続けていた私の考えを改めさせてくれた。
本書の中にでてくる「生きる意味とは外に求めるものではなくて、生きる意味が逆にこちらに生きる意味を問いかけてくる、そして我々はその生きる意味に答えを提示しなければいけない。それも具体的な行動によって。」という部分は生きがいを外部に求め続けていた私の考えを改めさせてくれた。
2008-08-27
人間を知るには、この本。
極限状態で人はどうなるのか。私たちは(少なくとも私は)、生きるか死ぬかの極限状態に今まで追い込まれたことがありません。
人間の本性が一番表れるのは、ピンチのときです。人間は、悪なのか、善なのか。
もし私が今日食べるものも困っていたら、それでも人にパンを分けてあげられるだろうか。おそらく無理でしょう。自分が極限状態に追い込まれたら、人を気づかうことはできなくなると思います。
私には、無理ですが、自らが極限状態にいるのに、他者にパンを分けてあげられる人が実際にいたと言います。そういう話を聞くと、人間って素晴らしいと感じます。まとまらない文章ですみません。とにかくおすすめです。
人間の本性が一番表れるのは、ピンチのときです。人間は、悪なのか、善なのか。
もし私が今日食べるものも困っていたら、それでも人にパンを分けてあげられるだろうか。おそらく無理でしょう。自分が極限状態に追い込まれたら、人を気づかうことはできなくなると思います。
私には、無理ですが、自らが極限状態にいるのに、他者にパンを分けてあげられる人が実際にいたと言います。そういう話を聞くと、人間って素晴らしいと感じます。まとまらない文章ですみません。とにかくおすすめです。
2008-08-25
過酷な状況のなかでどう生きるか
心理学者であり、医師であるフランクルが、ユダヤ人強制収容所で過ごした日々の体験記。読んでいて、涙が止まらなかった。被収容者は、モノ同然に扱われ、毎日過酷な労働を強制される。少しでも監視兵の目にとまるようなことをすれば、酷い暴力をふるわれる。「弱々しく」見える者は、労働力として価値がないものとみなされ、ガス室送りになる。一日に食べることが出来るものといえば、ほんのひとかけらのパンと、水のようなスープだけ。その食事を、どれだけ待ち望んで一日の労働に耐えることか。食物を手に入れるために、人を欺いたり駆け引きしたり、時には盗みを働く。収容所に連れてこられた当初は、楽観的に構えていた仲間たちも、次第に何も感じる事ができなくなり、人間らしさを失っていく。一番重要に考えることといったら、どうやって与えられたパンを、長持ちさせて食べることができるか、、、。
だが、このような劣悪な環境に置かれていても、精神的に益々研ぎ澄まされていく人たちもいた。彼らは、愛する人のことを心に思い浮かべる事で、心が揺さぶられ、満たされ、至福を感じた。美しい夕日を目にすることがあれば、感動し涙を流した。あまりにも自分達が置かれている状況とはかけ離れたところにある、生命力に満ちた自然を感じることで、生きているという感覚が呼び覚まされたのだ。
どのような状況下にあっても、人間は人間らしく生きることができる。どんな人間になるのか決める事ができるのは、自分自身だ。たとえ、抑圧を受け、尊厳や自由を奪われたとしても、精神の自由は誰にも奪う事が出来ない。ドフトエフスキーの「わたしが恐れるのはただひとつ、わたしがわたしの苦悩に値しない人間になることだ。」という引用が、印象に残った。
だが、このような劣悪な環境に置かれていても、精神的に益々研ぎ澄まされていく人たちもいた。彼らは、愛する人のことを心に思い浮かべる事で、心が揺さぶられ、満たされ、至福を感じた。美しい夕日を目にすることがあれば、感動し涙を流した。あまりにも自分達が置かれている状況とはかけ離れたところにある、生命力に満ちた自然を感じることで、生きているという感覚が呼び覚まされたのだ。
どのような状況下にあっても、人間は人間らしく生きることができる。どんな人間になるのか決める事ができるのは、自分自身だ。たとえ、抑圧を受け、尊厳や自由を奪われたとしても、精神の自由は誰にも奪う事が出来ない。ドフトエフスキーの「わたしが恐れるのはただひとつ、わたしがわたしの苦悩に値しない人間になることだ。」という引用が、印象に残った。
2008-06-24












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